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KENのけんけん

忘却と戦うためのブログ。若年性アルツハイマー気味の自分が、10年後の2026年に「国家戦略の本」を執筆する際の備忘録として

(経済)なぜ日本は奇跡の復活を遂げることができたのか

第二次世界大戦後、焼け野原だった日本が復興できたのは(1)産業、(2)金融政策、(3)報道と教育、(4)社会インフラの全てが偶然にも整われたから。

 

1、産業では、限られた資本を「交通インフラ/それの根底となる鉄鋼業への投資」に重点を置いたことに加え、「朝鮮戦争東京オリンピックの特需」によって外貨を獲得した。また冷戦による影響で「通貨安(1ド=360円)」をキープできたことや「マスキー法」によって機軸の自動車産業は常に国際競争力を強くキープすることができた。(通貨安をキープしている構造は今のドイツと同じ)

 

 -初期段階では、交通手段の効率化に資源の大半を充てた。例えば、(1)700万人近い元兵士を国鉄(現JR)が大量に採用したこと、(2)自動車産業を産業の中心に置いた

 ー東西冷戦によって引き起こされた、北朝鮮(ロシア)vs韓国(アメリカ)の朝鮮戦争によって特需として武器や食料を輸出し、外貨を稼ぐことができた。東京オリンピックによって国内のインフラが急激に整われたのも大きい。

 -冷戦中、アメリカは「資本主義国家の成功例」として日本をショーウィンドウに使うため、1ドル300円相当が適切であった中で、あえて1ドル=360円にし、円安に設定した。これによって日本は輸出産業を伸ばすことが容易になった。

 -1970年でマスキー法が可決され、1975年までにアメリカで走る自動車の排出ガスを10分の1にしなければならないと決められ、アメリカは政治によって解決しようとしたが、日本の自動車は改善によって達成しようとした。結果、米国で走ることができる車は、実質的に日本車のみとなり、輸出の後押しとなった。

 

2、金融政策については、戦後の急激なインフラに耐えるための「新円切り替え」「預金封鎖」、池田勇人による「所得倍増計画」と徹底した「預金キャンペーン」によって造船・鉄鋼産業に国家が投資する資金源を担保することに成功した。その後、バブル経済を経て日本経済は強烈な打撃を受けることになる。

 

3、教育/報道の自由は、GHQによる「日本を戦争させない国にする」ために行った5つの改革のうち「指導教科/教科書内容の自由化」と「秘密警察の禁止」を行うことで担保される仕組みになった。教育と報道の自由は「誤った独裁政治」や「不正」を防ぐ抑止力になる。また東京オリンピックにより「世界に恥じないマナー」を身に着ける必要があったことも今の「キレイな日本」を作る上での土台となった。

 

4、社会的なインフラは、東京オリンピックによって新幹線・高速道路の整備が急ピッチで行われたこと。またGHQによって経済資本の細分化が行われたことにより、社会全体の経済効率を押し上げる一躍になった。

 -GHQによる経済資本の細分化とは「大土地所有制度の廃止(土地の再配分)」「財閥の解体」。これによって中流階級の労働意欲向上と、新規企業の産業への参入を促した。